IT技術は、本来が個人間を結ぶものであった通信と、一点から多数への発進を行う放送との境界を無くしてしまう、という意味で画期的な技術である。これによって人と人との間に開かれた新しい関係が、築かれつつある。
この関係は、まさに「どこでもドア」である。行き先さえ書けば自分の部屋から瞬時にして世界中どこにでも行けるという、漫画ドラえもんでおなじみの道具である。何度も読んではドラえもんと、のび太がドアを開く度にわくわくしたものだ。
大人になりドラえもんを読むこともなくなったが、最近わたしは、「どこでもドア」を手に入れた。インターネットである。スイッチひとつでどこにでも連れていってくれる。
インターネットやモバイル端末を駆使すれば、ビジネスはこれから大きな変化があるはずだ。その変化の一つにSOHO(ソーホー)という言葉がある。
SOHOという言葉はSmall Office Home Office の頭文字を並べて作られた造語で60年代に前衛文化の発信地になったニューヨークのソーホー地区とひっかけたものである。会社組織に属さなくてもネットワークを生かして仕事ができるようになり、たとえば地方在住の主婦が、東京の企業が発注した仕事を自宅でこなすことも可能になる。
しかし、ベンチャー企業ではこれらとはまったく逆の方向に向かっている。シリコンバレーで見られるようなベンチャー企業の集積である。
以前、わたしがインターンシップで働いていたベンチャー企業は渋谷マークシティーウエストにある。渋谷マークシティーウエストには、様々なベンチャー企業が集まっている。渋谷駅を中心として、日本でも、渋谷ビットバレーと呼ばれるベンチャー企業の集積が存在している。
渋谷という地価の高いこのような土地になぜベンチャー企業が集積するのか疑問に思ったわたしは、直接、インターンシップ先の社長に聞いてみることにした。
「確かに、渋谷という場所は地価が高い。しかし、それ以上に人的なコミュニケーションの利便性が高い。今後IT化が進むことにより、人的コミュニケーションの価値が高まっていくだろう。」という答えであった。
情報化社会の最前線では「人的接触による緻密な情報・知識の交換と累積」の重要性が増していくという考えはとても興味がわくものであった。
IT産業、特にベンチャー企業においてのビジネス成功のカギはコミュニケーションにある。なぜなら、IT産業は、単に産業や企業を大きく変貌させるだけでなく、生活スタイル、教育スタイル、レジャー生活等々あらゆる分野を大きく変化させる産業であるからである。すなわち企業家は、様々な市場での変化にすばやく反応し、対象市場の設定や変革的切り口を創出しなければならない。そのためには、人的接触による緻密な情報・知識の交換と累積が必要である。中でもベンチャー企業は変化度が大きければ大きいほど、自らの持つ独創的な製品開発能力を生かせるので、IT産業が引き起こす革命の成果に対し、いかにすばやく反応するかがビジネス成功のカギとなる。また、経営資源や経験不足という欠点は、エンジェルやベンチャーキャピタルおよびメンター(アドバイザー)とのコミュニケーションによって小さくすることができる。
IT社会で活躍するためには、質の高いコミュニケーション能力が必要である。IT社会では、一般的に言われているような希薄な人間関係は存在しない。むしろ、「血の通った」コミュニケーション能力が問われている。
法政大学の田中優子教授の言う江戸時代の「連」のシステムは、シリコンバレーのネットワークにじつによく似ていると言われる。
「何かが個人から生まれる、というのが考えにくい。結局は何事も一人一人の人間しだいなのだが、渦のように人間が集まっていて、様々な動きが別の動きに連動し触れ合い、足を引っぱりエネルギーを触発したり、些細なことが別の渦を作ったり、大きな渦から小さな渦が生まれて分離したり、そういう動きの中から物が作られていく。」(田中優子、『江戸時代の想像力』ちくま学芸文庫)
歴史は一人では変化しない。しかし、一人から始まる。その個人、個人がいかに結びつき、あたらしい渦を作りだしているのかをシリコンバレーで見てきたい。