ベンチャー企業育成における大学の役割・日米比較

1. 序 論

1.1 ベンチャー企業の育成の意義

  現在、日本経済は戦後最大の不況下にある。そんな中で次世代の成長産業や企業の登場が期待されているが、近年、日本は開業率が下がり、逆に廃業率が上がる傾向にある。一方米国では開業率は絶えず廃業率を上回り、年間約80万社に及ぶ企業が誕生するという。1970年代から80年代にかけて米国は、国際競争力を失い、貿易収支と財政の膨大な赤字に悩まされた。そこで政府はいち早く中小企業、ベンチャー企業の輩出・育成のために制度改革や各種の支援策を行なった。1971年にナスダック(NASDAQNational Association of Securities Dealers Automated Quotation)が創立され、資本市場が整備された。ナスダックの売買高は、すでにニューヨーク証券取引所を上回っており、歴史ある大企業中心の取引所をベンチャー企業中心の取引所が上回っている。

1.2 ベンチャー企業育成における産学連携の意義

  1980年には米国で、連邦政府が資金を提供することで得られた研究成果を大学が特許として所有してもよいという主旨のバイドール法(Bayth-Dole Act)が制定され、大学からの技術移転が進めやすくなった。そのため米国では、起業インフラとして大学が大きな役割を担っている。1990年代後半に台頭してきたハイテクベンチャーについても、大学から生まれた技術やアイデアで大成功を収めている例が少なくない。

1.3 ベンチャー企業の定義

  松田(1994)の定義をベースに、ベンチャー企業を「成功意欲の強い起業家(アントルプレナー)を中心とした企業で、商品、サービス、あるいは経営システムに、イノベーションに基づく新規性があり、独立性をもった挑戦する企業」と定義する。

1.4 本研究の論文構成および目的

  本研究は、第1章において、ベンチャー企業育成における大学の役割に焦点をあて、第2章において起業家の学歴および教育・訓練、第3章において起業家支援、第4章において知識資産の創造と移転について考察し、それぞれ日米比較を行ない、第5章において結論を述べる。「日本においても、米国のような産学連携による大学発のベンチャー企業を育成可能であるかどうかを調査すること」を目的とし、文献調査を中心に分析を進める。

 

2. 起業家の学歴および教育・訓練

  ..ドラッカーは、「起業家精神」は、性格の問題ではなく、「行動様式」の問題であると述べ、起業家は直感的な能力よりも論理的かつ構想的な能力が求められる、としている。直感的な能力を教育により後天的に付与することは不可能に近いだろうが、論理的かつ構想的な能力を教育により後天的に付与することは可能であろう。この意味においても起業家教育は十分に意味を持つものであると考えられる。

2.1 米国における起業家の学歴および教育・訓練

  米国の起業家の学歴についての特徴は、大学院(修士、博士)修了者の割合が、日本は1.2%であるのに対して、26.1%と高いことである。米国では、起業家教育の専門課程を設置している大学院の数は、1998年現在で日本5校に対して78校に達している。

  米国では起業家教育の主体はきわめて多様である。ビジネス・スクールはその代表であるが、小・中・高校生に対しても起業家教育が行なわれている。大学の学部レベルや教育を主体として地域の知的レベルの向上をめざすコミュニティー・カレッジにおいても起業家コースが設けられているものが多い。

  スタンフォード・ビジネススクールのMBAは、ハーバードのMBAが世界に広がるネットワークを誇るのに比べ、ベイエリアに集中するのが問題(1997年のMBAの卒業生の42%が北カリフォルニアで就職)と指摘する声もあるが、こうした人材が大学の周辺で活躍したことが、シリコンバレーの隆盛に大きく貢献したと言われている。

2.2 日本における起業家の学歴および教育・訓練

  日本においては大学教育での起業家育成は重要視されてこなかった。起業家とはむしろ天賦の才を持った人で、彼らを育成することはできないというのが一般的な考え方である。

  日本において開業を目指す人に向けてのコースや講座を設けている大学や大学院は米国に比べて極めて少ない。現在においても、起業家育成コースや講座を設けている大学は約30校に過ぎない。

 

3. 起業家支援

  企業を設立するためには、ビジネスのアイデアを持っているだけでは成功しない。それを評価する人、あるいはアイデアやプランにお金を出せる人を見つけることが大きな鍵となる。大学では起業家や起業家予備軍のネットワークを形成するための役割を持っている。

3.1 米国における起業家支援

  米国では1980年に創設された中小企業開発センター(Small Business Development CenterSBDC)がベンチャー企業の経営面の支援に関して大きな役割を果たしている。現在、各州に少なくとも1ヵ所、全米の57ヵ所に地域の核となるSBDCが設置されている。中核となるSBDCはその地域全体を統括する役割を担っていて、その配下には全米で1,000近くのサブセンターが用意されている。その多くが大学に代表される教育機関に設けられている。

  MITでは、MITエンタープライズ・フォーラムが創立され、会社設立や経営について教えたり、ビジネスプランを持って毎回何人かプレゼンテーションを行ない、それについて会場のみんなとディスカッションを行なっている。パネリストには、特定のケースのために特別に招集された専門職(技術ベースの成功した起業家、財務専門家、マーケティング専門家、コンサルタント)の人々が含まれ、追加的な助言や代替案を提示する。現在、アメリカ国内で14拠点、海外4拠点がある。

3.2 日本における起業家支援

  日本においても、中小企業基本法の全面的な改正を受けて、中小・ベンチャー企業に対する経営支援体制の整備が進められている。?企業経営者が抱えるさまざまな悩みを気軽に相談できる身近な支援拠点(地域中小企業支援センター)が全国で300ヵ所に、?地域における中小企業支援の中核拠点(都道府県等中小企業支援センター)が各都道府県に、?中小企業・ベンチャー企業や創業者を総合的にサポートするナショナル支援センター(中小企業・ベンチャー企業総合支援センター)が全国8ブロックにそれぞれ設置される。

  全体的には米国のSBDCに類似した施策であるが、大学の関与があまり見られないところが大きく異なっている。

  早稲田大学ではアントレプレヌール研究会WERU1993年に設立され、学者、研究者、ベンチャー企業支援者、経営者、学生等約300人のメンバーで構成されている。エンジェル支援としては、有限責任投資事業組合(31,000万円)が立ち上げられ、20社以上のベンチャー企業への出資を行なっている。

 

4. 知的資産の創造と移転

4.1 米国における知的資産の創造と移転

  1980年のバイ・ドール法によって、非営利機関(大学を含む)及び中小企業は連邦政府の資金によって開発された発明に係る権利を保有することができるようになった。

  こうして80年代には、各地に大学を核とする新しい産業集積地域が形成された。そして、90年代には、IT革命の進展という状況下で、インターネット産業の産業地域が形成されていった。こうした産業地域では大学が集積の形成に重要な役割を果たしている。

  アメリカの多くの大学はTLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)を設置しており、特許の申請、管理、企業への移転などの諸手続きを、全てこの事務所が処理している。

  一般に、TLOの主な業務は次のようなものである。

?研究者の発明を特許申請するか否か判断し、申請する。

?企業家とライセンス契約を締結し、ロイヤルティーを徴収する。

?発明家、学部、大学にロイヤルティー収入を配分する。

  スタンフォード大学のOTLOffice of Technology Licensingの特色は、法律よりも技術のわかる人間がスタッフとしてマーケティングを積極的に進めるということである。

4.2 日本における知的資産の創造と移転

  日本においては、戦前は理化学研究所を核とした医学、薬学、鋼鉄、機械等の分野に見られるように比較的活発な産官学連携があったが、戦後においては、1960年代後半以降の大学紛争の時代に産学連携がその焦点の一つとなり、大学関係者の間で産学連携をタブー視する風潮が数十年の長期にわたって存在し続けた、などの理由で急に弱まった。

  1998年に施行された大学等技術移転促進法に基づき、国から補助金などの支援を受けている「承認TLO」は2001年7月時点で20機関ある。承認を受ける準備を進めていたり、国からの承認を受けない方針のTLOを含めると、全国で25機関以上になるとみられている。承認TLOには、技術移転活動に関する人材を補充するために、1機関当たり、2名程度が「特許流通アドバイザー」として財団法人の日本テクノアートから派遣されている。

 

5. 結 論

  21世紀はますます「知識社会」となっていくことであろう。「知識」を創造できるのは人間だけであるのだから、人材の価値はますます高まっていき、ベンチャー企業育成のための、起業家育成は大学が取り組む価値のある、極めて重要な課題である。

  日本の中小企業支援センターは米国のSBDCに類似した施策であるが、大学の関与において大きな違いがある。その最大の要因は、修士課程レベルのビジネススクールが米国に比べて、非常に少ないことであろう。日本においては、大学が実施機関となっている事例はまだない。

  TLOについて日米間で最も大きく相違する点は、「知的財産権の帰属」にある。米国では知的財産権の権利者である「大学」が中心に位置されており、その「代理人」となるTLOが技術移転に関わるすべての活動を取り仕切っている。一方、日本では、知的財産権は結果的に研究者個人や関係企業に帰属することが多いため、TLOは、好意的に賛同してくれる研究者から技術シーズを譲り受ける必要がある。将来的には、日本においても、知的財産権の大学への帰属を義務づける必要があると考えられる。

  ベンチャー企業育成における大学の役割を考えた時に、最も重要なポイントは様々な分野での「連携」にある。研究者である大学教授と開発者である企業人との連携、研究・開発者と企業経営者との連携、起業家と支援者との連携、また大学内での理系教育と文系教育との連携などがそれである。多くの分野での交流を通して、お互いの「できること」と「できないこと」を認識し協力することで、様々な可能性を実施に繋げることができる。

  日本においても、様々な分野の連携を通じて、米国のような産学連携による大学発のベンチャー企業の育成は可能であると考えられる。

 

   【参考文献】

今井賢一監修、秋山喜久編(1998) 『ベンチャーズインフラ』 NTT出版

松田修一(1994) 『ベンチャー企業の経営と支援』日本経済新聞社

榊原清則(2000) 「産学連携:意義と限界」 『組織科学』 Vol.34 No.1 白桃書房